ライブの熱狂と「私にもできるかも」という勘違い
人生には、何かに強く感化されて後先考えずに行動してしまう瞬間があります。
私にとってそれは、大好きなシンガーソングライターの弾き語りライブに行った夜のことでした。
スポットライト一本の下、ギターひとつで会場の空気を震わせ、観客の心を鷲掴みにするその姿に、私は完全に魅了されました。
「私もあんな風に、自分の感情を音楽に乗せて表現してみたい」。
そんな熱に浮かされたような衝動は、翌日になっても冷めることはありませんでした。
その足で私は大手楽器店へと向かい、知識ゼロの私は、店員さんに勧められるがまま、初心者セットを購入。
ギター本体にケース、チューナー、ピック、教則本、スタンドまでついたフルセットで約3万円です。
決して安い買い物ではありませんでしたが、これから始まる輝かしい音楽ライフへの投資だと思えば、むしろ安いとさえ感じました。
大きなギターケースを背負って電車に乗り、周囲の視線を浴びながら帰宅する道中は、これまでの人生で一番誇らしい気分だったかもしれません。
木造アパートの薄い壁と騒音という現実の壁
しかし、いざ練習を始めようとして、私は致命的な事実に直面します。
ジャラーンと開放弦を鳴らした瞬間、予想を遥かに超える大きな音が部屋中に響き渡ったのです。
その音量は、テレビの音量などとは比較にならないほどの振動を伴っていました。
私はアパートに住んでいるため、こんな環境でギターをかき鳴らせば、即座に苦情が来ることは明白。
慌てて音を止め、サウンドホールにタオルを詰め込んだり、弦にスポンジを挟んで弱音化したりと工夫を凝らしました。
しかし、そうやって無理やり音を殺したギターは、「ペンペン」という情けない音しか鳴りません。
本来の豊かな響きを感じられない練習は少しも楽しくなく、自分が何をしているのか虚しくなるだけでした。
Fコードの挫折よりも早かった環境による挫折
ギター初心者の多くが「Fコード」で挫折すると言われていますが、私はそれ以前の問題で挫折しました。
平日の夜は仕事で遅く音が出せない。
休日の昼間ならと思いましたが、やはり隣人への迷惑を考えると怖くて思い切り弾けません。
近くの公園や河川敷に行くことも考えましたが、コード一つ押さえられない下手くそな演奏を人前で晒す勇気もありませんでした。
スタジオを借りるほどの情熱もお金もなく、結局、私の練習頻度は日に日に落ちていきました。
楽器購入前に検討すべき「音」と「場所」のシミュレーション
これから楽器を始めたいと考えている方に伝えたいのは、技術や予算の前に、練習環境を確保できるかが最重要課題だということです。
特にアコースティックギターや管楽器のような、アンプを使わずに大きな音が鳴る楽器は要注意です。
まず、自分の住んでいる部屋の壁の厚さ、隣人との距離、楽器演奏が許可されている物件かどうかを確認してください。
もし不安があるなら、最初からアコースティックギターを買うのではなく、ヘッドホンで練習できるサイレントギターやエレキギターを選ぶという選択肢もあります。
また、いきなり購入するのではなく、「レンタル」や「体験レッスン」を活用するのも有効な手段です。
楽器レンタルサービスを利用して、実際に自宅で弾いてみて音量を確かめる。
あるいは、近くの音楽教室の体験レッスンに行ってみる。
そうすることで、音の大きさや練習の大変さを実感し、自分のライフスタイルの中で続けられるかを冷静に判断できます。
勢いだけで購入せず、生活の中に楽器を弾く時間と場所をどう組み込むか、具体的な計画を立ててからスタートすることが、趣味を長く楽しむための秘訣です。

